カンボジア 近代歴史

カンボジア・近代歴史

カンボジアは1863年と84年の2度の条約締結により、古くはフランスの植民地とされてきました。フランスはカンボジアの植民地支配を間接統治の形として、ベトナム人を使ってカンボジアの支配をしました。このとき、カンボジア人に対してベトナム人はあらゆる面で強く当たった為、カンボジア人は今でもベトナム人に対して強い反感を持つ人が数多く存在しています。1945年の3月、インドシナに進駐していた日本軍の手により、フランスの支配も一度は終わりを迎えるものの、日本の降伏により再びフランスの支配がはじまりました。シアヌークの独裁体制が始まった、事実上の完全独立は1953年の11月9日の事です。

シアヌーク政権とロン・ノルのクーデター

シアヌークは、王政社会主義国家を目指しました。これは、計画経済を行い、貧富の差を無くすというものです。外交的にも非常に中立的な立場を守り、アメリカが北ベトナムに対しての爆撃を行った際にも反対し、米国との国交の断絶を行っています。シアヌークの統治した時代は、国内は非常に平和でした。王のもとに平等で、食には困らず道義を大事にする国家となっていきました。しかし、1970年にロン・ノルがクーデターを起こし、武力行使でシアヌーク一派を追い出してしまいました。そして、カンボジア王国を廃止し、クメール共和国を樹立します。ロン・ノルは政権を握ると同時に、激しい反北ベトナム・キャンペーンを行い、カンボジア国内の北ベトナム系住民の大量虐殺を行いました。結果的にカンボジアに住む国民は内戦に巻き込まれる形となってしまいました。

カンボジアの内乱から現在

最終的にカンボジアの内戦を終わらせたのは「ポル・ポト」ですが、その後もあらゆる面で不安定な国内情勢となっており、安定までには長い年月を要します。現在もこういった時代に設置された地雷があちこちに残り、PKOによる撤去作業が行われている地域もあります。こうした一方で、歴史的な建造物が多く存在するカンボジアは、多くの人たちが訪れる観光名所としても有名であり、今後も経済的な発展が期待される国となっています。

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